第3層−3 疲弊した土には種を播こう

→ 前回の記事は「畝をたてるということ」

種は、グローバルな政治・経済・安全保障と絡んだ、難しい問題を孕んでおり、国内でも種苗法改正など、大きな議論を読んだ。

農家にとっては、登録品種の許諾性や自家採取の禁止など、ますますコストと手間のかかる流れである。

自家消費目的での種取りは、基本的に問題ないとされているが、他人への譲渡や販売は禁止されている。

個人では動かし難い多くの問題があるからこそ、私は種を蒔く。

種の種類

野菜や花の種は、大きく2種類に分けられる。

一つは「F1種」
異なる固定種を両親に持つ、1代目の雑種で、両親の優れた特性を受け継いでいる。しかし、次の世代にはばらつきがでるので、毎年種を買うことになる。

営農では、多くがF1を使っている。

もう一つは、昔ながらの特性を受け継ぐ固定種・在来種

固定種は、特定の地域や環境で、長年栽培され、形や質が安定していて、独特の風味をもつものも多く、自家採取も可能。

固定種は、栽培期間の長短で、
・栽培期間が短い早生(わせ)
・中間の中手(なかて)
・栽培期間が長い晩生(おくて) に分かれている。

うちでは、固定種や在来種を選んでいるが、種を買うようになって驚いたことは、多くが外国産であること。

日本の伝統野菜と銘打ったものも、輸入された種が多い。

国産の欲しい種は、時期になる前には、なくなってしまうことが多い。

農業に関しては、種や農薬、制度的問題など憂慮される問題が多い。

原種に近い種子の生命力

我が家の畑は、こぼれ種ばかりが元気で、種まきした野菜は一向に育たない。

まずは、コンポストキエーロから発芽した西洋かぼちゃ。これは生命力に溢れ、毎年実をつけている。

自然派の農家のかぼちゃを時々買っているので、自家採取の固定種だと思われる。

同じ農園のじゃがいも、少量ではあるが、剥いた皮から発芽し、実をつけていることがある。

毎年、自然発芽し、重宝しているのが、青じそ。夏の食欲のない暑い日には欠かせない。

ミニトマトも、2年目には、零れ種で旺盛に育ち、たくさんの実をつけたが、3年目はさすがに発芽できなかった。

落花生も前年に土の中に残ったさやから2~3株が毎年発芽する。

あとは、マリーゴールドも種子を採取するわけではなく、枯れるまで放置しているが、毎年、たくさん発芽している。

そもそも、我々が日常的に食べている野菜は、食べ物として適したものになるよう、長い年月をかけて人工交配を繰り返し、改良されてきたものである。

本来植物は、実れば自然に地面に落ち、命をつなぐことができる。

収穫せずに放っておくと自力で種を落とし、適期に発芽できる植物は、比較的原種に近い。

福岡正信さんにお会いした時言われたことは、食べた後の種は大事に保存し、撒いていこうということだった。。

みんなが、そういう心がけで、家周りにでも撒いていけば、豊かな草勢になる。

発芽するものもしないものもあるだろうが、種も貴重な生命体。ゴミとして無造作に捨てることなく大事に扱いたい。

混植の効用

同じ場所に、特性の異なる、相性のいい様々な植物を育てることで、

・病害虫の抑制、
・生育の促進、
・スペースの有効活用
・収穫量の向上、
・風味の向上   など、様々なメリットが期待できる。

スペースの小さな庭周りの畑や、土壌の肥沃度の低い、始めたばかりの畑では有効な手立てと言える。

特に、自然農で、肥料をあえて与えず、自然の循環に委ねるやり方の場合は、多品種栽培によって保管し合う関係が強く、土壌の肥沃度を高める効果も期待できる。

自然界というものは、人間が、整然と区分けできるものではない。

混沌の中に、我々には計り知れない、秩序が存在している。

練った計画のつもりでも、実際、植え付けてみると、成長のズレや繁殖力の問題など考えの及ばないことが多い。

私は当初、手間や土の問題で、ほとんどを直播にしていたが、それでは、発芽しても育たないことも多く、
混植もうまくいかない。

作物によっては、
ポット撒きで育苗してからの定植も必要なようだ。

いい循環を作るには経験が必要で、時間もかかる。

自然の循環に寄せていくことで、次第に手が離れ、
植物自体の生命力を実感できると信じている。

→ 次回の記事は「小さな畑の季節の巡り」

→ まとめに戻る