第4層ー1 近代農業とは、何であったのか

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スーパーには色とりどりの美しい野菜が並ぶ。

食はファッション化し、甘くて美しい品種が次々と生み出される。

食農を取り巻く環境は変化の一途を辿っている。

気候変動の影響が顕著なこともあり、ますます自然からかけ離れた農業が加速している。

なぜ農業はここまで自然から離れたのだろう。

産業革命|農業の産業化

18世紀半ばから19世紀にかけ、イギリスは世界に先駆け、手工業から機械工業へと移行する。

・動力資源としての石炭、材料としての鉄資源が豊富にあった。
・紡織機や蒸気機関の技術革新
・広大な植民地による需要と原材料の安価な調達
・貿易や奴隷貿易で得た莫大な利益

など、イギリスには条件が揃っていた。

その後、機械工業化は欧米各国へ広がり、日本では明治維新以降、急激に進むことになる。

このとき、人間は「自然と共に生きる」暮らしから「自然を資源として使う」存在へと変わっていった。

近代農業の誕生

18世紀の半ばから後半にかけ、イギリスでは産業革命を支えるため、食料増産と農村からの労働力確保を必要としていた。

必然的に、産業革命と近代農業化は並行して進んでいくことになる。

自給自足的農業は崩れ、農業は産業化していく。

土は生産装置となり、作物は商品となり、農家は、作物生産システムを管理するオペレーターになった。

そして、必要なものは輸入に依存する形態へと移行する。

そこでは、土も命も「関係性」ではなく、「機能」として扱われるようになる。

科学主義 | 分解的理解

20世紀に入ると、

・食糧増産による栄養状態の向上
・医療や衛生面での改善

により、世界的な人口増加が始まる。

近代農業は、生産効率と食料の大量安定供給を支えるため加速化していく。

・圧倒的な生産性の向上
・食料の安定供給
・労働の省力化

のため、科学技術を基盤とした「産業」への転換点となった。

近代農業の考え方は、自然界を「窒素・リン・カリウム」に分解して理解する。

一方で、本来の自然は関係性の中で成り立つ全体である。

宇宙エネルギー・気象・動植物・微生物・土など全てが関わり合う多様性の中で、循環しながら生きている。

科学主義は、「土は生きている存在である」という感覚を切り離した。

それは、自然との関係性そのものを見えなくしてしまうことでもあった。

収穫主義 | 効率・利益主義

産業化した農業は当然のように収益重視の商品となる。

・化学肥料や農薬の積極的使用
・高収穫のための品種改良
・特定品種の大量生産

など、あらゆる科学的手法を生み出し、農地を拡大していった。

当然ながら土は疲弊し砂漠化も進む。

科学は、科学の力をますます強め、土の疲弊は科学でねじ伏せ、種を操作する。

商品の均一化・見た目の美しさ、環境への抵抗力、収穫量など、収益確保のため、遺伝子にまで踏み込んでいる。

そこでは、命の質ではなく、収穫量や効率が価値の基準となる。

価値の基準が「命」から「量」へと変わっていった。

価値の転換

バジル

なぜ人間はここまで自然を切り離して考えるようになったのだろうか。

人間は自然の一部として生きる存在から、「自然を利用する」存在へと変わった。

近代とは、自然を支配し、制御できるという思想の誕生でもある。

こうして農業は、自然と共に生きる営みから、利益を生み出す生産システムへと変化していった。

私たちはこれからも自然を制御し続けるべきなのだろうか。

それとも、自然と共に生きる道をもう一度選び直せるのだろうか。

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