シュタイナーの「身体と心が求める栄養学」の冒頭に、「蜂蜜とミルク」がある。この章の理解と表現が難しく、一番大事な部分でありながら先延ばしにしていた。
シュタイナーは食べ物を「栄養素」としてではなく、食べ物と人間の間に起きる関係性として見ている。その前提を知らないと、この章は意味不明になる。
シュタイナーが語っているのは、「科学は食べ物を成分に分解し、その働きを測ろうとする。しかし、食べ物が人間に働きかけるのは、成分としてではない」ということである。
もう一点、
「食べ物の何が、人間のどこに働きかけるか」ということ。
食べることを「物質の摂取」から「関係性の受け取り」へと読者の見方を変えるための章である。
蜂蜜療法と科学者の反応
1920年代の実験で、虚弱な子どもに、沸騰させない温かいミルクに蜂蜜をよくとかして与えると、赤血球が増えるなど、大きな成果が得られたという。
そのことが発表されると、科学者はその要因を探る。
まずネズミにミルクを与えて育てると、抜群の発育ぶりを見せた。
そこでミルクの成分がカゼイン、脂肪、糖分、塩類からできていることから、
その4つの成分を合成したミルクを与えた。ネズミは数日後に死んでしまった。
科学者たちは考える。「科学的な検査では見つけられないほどの、ごく微量の新しい元素が含まれているに違いない」
科学者たちは、その元素を「ビタミン」と名付けた。
自然科学では、「ミルクの中の生命的な力はどこからやってくるのか」という問いに、「ビタミンからだ」と答えても、誰にも変だとは気づかれない。
ミルクと蜂蜜は人間の生命にとって大きな意味を持つ
幼児にとっては、何よりも母乳が大事で、母乳で育った子供とミルクで育った子供の違いは、長い年月を経て現れてくる。
ミルク蜂蜜療法は、幼児ではなく、永久歯が生えている子供において特に大きく作用する。ミルクの力が作用し、その力を蜂蜜によって強化できる。
大人には特に蜂蜜の力が作用する。
老人には蜂蜜ミルク療法も蜂蜜療法も助けになる。
蜂蜜の何が人間に作用するのか ——— 六角形に形成する力が蜂蜜から人間に作用する。
* しかし蜂蜜の取り過ぎには注意。胃の調子が狂い、腸の病気を引き起こすとされる。
自然界と六角形
自然界における六角形は、水晶、蜂の巣をはじめ、亀の甲羅、蜘蛛の巣、トンボの羽根、ピーマン、雪の結晶など、さまざまなものに見られ、私たちは、最小のエネルギーで、最大・最強の空間を作り出す形と認識しているが、宇宙の営みの一旦としては、どういう理解になるのだろう。
現代科学では、「物質があって、形はその結果」と考えるが、シュタイナーはその逆で、「形を作ろうとする力があって、物質はその力に従う」という見方をしている。
六角形は、「できあがった形」ではなく、「そうなろうとする力の痕跡」だ ——— という読み方ができる。
蜂の巣も水晶も雪の結晶も、それぞれ違う物質なのに、同じ六角形になるのはなぜ? ——— 同じ力が働いているからという論理になる、
水晶
高い山の、地質が最も硬いところに、水晶がある。
水晶は岩石から現れ、六角形の結晶を成長させる。地球の内部から流れ出したもの。
これは、地球の内部に、六角形の結晶を形成する力があり、地球はその力を宇宙から得ている。
その力は、人間の中にもある。地球の中にある力、宇宙の中にある力全てが人間の中にある。
人間は石英を六角形になろうとするところまでは行かせるが、それ以上には進めない。人体に水晶のような硬い物質が存在したら痛いし。水晶と同じものは液体状で存在している。
私たちの体には血漿形成の発端がありそこで停止している。
六角形を形成しようとする力の萌芽が、人間の体内にもあって、蜂蜜を取ることによって未完の力が刺激され、自分の中に非常に強い力を得ることができる。
ミツバチの巣房と蜂蜜
ミツバチは花の蜜を集め、自分の体内で蜜を加工し、自らの生命力を生み出している。さらにロウを作り、六角形型の巣房を作っている。
水晶と同じ六角形。しかし中は空洞。そこに、ミツバチの卵が入る。
地中で石英を形成して水晶が作られるのと同じ力によって、ミツバチは作られる。
そこには、精妙に分配された珪酸が作用しているが、その力は、物質的には証明できない。
ミツバチは、六角形に作用する力を最もよく形成できる生物で、体の中で六角形に作用する力に移行できる食料を、あらゆるものから集める生物である。
蜂蜜を取ると自分の中に非常に強い力を得ることができるのは、人間は六角形の空間を自分の中に有していて、蜂蜜は人間が必要とする形に蝋を形成できるからである。
感受性
動物にも小さな生物、昆虫にも植物にも、物事に対する繊細な感受性がある。目に見えないものへの感受性がある。
人間も本来持っている。しかし、この人間社会に生きる中、失ってしまったものは大きい。
この宇宙には、人間の力では解明できない、コントロールできない力が存在しているということを、人間は忘れてしまっているのではないか?
認識し、自然に対して畏敬の念を持って、謙虚に生きなければならないと改めて思い知らされる。
不健全な人間社会の中で
遡ること100年前に、シュタイナーはこう述べている。
「私たちは今日、健全な社会情勢の中に生きていない。あらゆる問題が不健全な状態になっている。社会で何も行えない時代に、私たちは生きているから」
ミルクや蜂蜜についても「完全に自然状態から切り離され、大量の乳搾りで虐待されている牛や、人工的養蜂がどういう作用を及ぼすのか、今結論を出すことはできない。50年後、100年後に注目しなくてはいけない」
100年たった今、牛乳や蜂蜜は、果たしてどんな状態なのだろう。社会はどうなっているのか。
私たちは、どこに向かうのだろう。
食べ物を「成分」として見るのか、「関係性の結晶」として見るのか。その見方の違いが、何を食べるか以前に、食べることそのものへの態度を変えていく。
この問いを出発点に、シュタイナーは食と人間の関係をこう展開していく。
この内容は「身体と心が求める栄養学」著者/ルドルフ・シュタイナー 訳者/西川隆範
の冒頭「蜂蜜とミルク」の章を整理したものです。
「身体と心が求める栄養学」は2017年に新装版が出ているようなので、興味のある方は下記よりどうぞ。

身体と心が求める栄養学
