食物と人間・植物・動物の構成要素〜シュタイナー『健康と食事』を読む(1)

ルドルフ・シュタイナーが提唱した精神科学〜人智学(アントロポゾフィー)は、目にみえる物質的世界だけでなく、人間の背後にある霊的・精神的次元も客観的・科学的に研究・認識できるとする学問体系で、人間の本質や宇宙の法則を解明しようとしたものである。

精神科学は、唯物論者とは別の意味で「人間は食べるところのものである」という。

全ての事物の背後には霊的なものが存在し、食べ物も例外ではない。

精神科学が食べ物の研究に重きを置いているのは、その研究を通して人間と自然の関係を見通すことができるためである。

人間は自然の中で生きている。

今回は、西川隆範訳の『健康と食事』(1992年 イザラ書房発行)から、「菜食と肉食」の章を要約してみたい。

それにはまず、シュタイナーが説く、人間と植物と動物、それぞれの構成要素を知ることから始めよう。

 *この本は絶版?になっているのか、古本でたまに見る程度しかないようです。

人間の4つの構成要素

人間は下図のように、物質体=肉体、生命体=エーテル体、感受体=アストラル体、自我の4つから成り立っている。

人間の構成要素の図

第1の部分、肉体=物質体は自然界に見出される化学素材からできている。

第2の部分、エーテル体は、肉体の基盤になるもので、肉体の崩壊に対して常に戦っている。

腺などはエーテル体によって作られたもので、エーテル体がなければ、肉体は栄養摂取、生殖など、生きることを可能にする部分を有することはできなかったと言える。  

第3の部分アストラル体は感受体。快と苦、欲望、衝動、情熱といった心の営み全ての担い手であり、神経組織を作ったのはアストラル体。

アストラル体は、内的な光である。

無機物から植物の体を構築する外的な光=太陽の光とは逆に、部分的な破壊をもたらしている。

それにより、人間は意識を有することができる。

太陽の光が構築したものを、アストラル体は常に破壊するが、それによって、アストラル体は人間に神経組織を組み込み、人間の生は意識的なものになっている。

第4の部分、自我は自己認識の担い手で、この部分によって、人間は、地上の事物全てを凌いで圧倒的優位性を持っている。

自我の担い手は血液循環、血液の活動である。

これらはいつも入り混じり相互に作用を及ぼし合っている。

植物の構成要素は2つ

植物は、物質体とエーテル体の2つの部分から成り立っている。

植物は、無機的な物質から、自らの身体を作り上げる力を持っていて、それには太陽の光が不可欠である。

太陽の光を助けて植物を構築しているのはエーテル体。

人間は酸素を吸って炭素を吐き出し、植物は炭素から自らの器官を形成し、酸素を放出する。

植物は、人間には不必要な炭素を受け入れ、炭素から自らの器官を形成し、酸素を放出する。

栄養については、植物の中で構築されるもの全てが、人間の中で再び構築されるということができる。

人間は、ある意味で植物とは対照的なことを行わなければ、肉体器官を発展させることができない。

動物の構成要素は3つ

動物は、物質体、エーテル体、アストラル体の3つの部分から成り立つ。

アストラル体と神経組織を自らのうちに組み入れている。

清浄で新鮮なまま摂取された植物は、動物の中では部分的に変化し、アストラル的になっている。

肉食と菜食

人智学において、食べ物は単なる栄養素の補給ではなく、人間の精神や生命力を刺激するエネルギーとして捉えている。

人間が、食物を「破壊し克服する」ことで、自分自身の生命力を目覚めさせるという独特の視点を持っている。

肉を食べるということ

人間が肉を食べるということは、動物の体内で変化した、アストラル的な力を受け入れたものを食べるということになる。

それなら、栄養摂取に要する力を節約できるのではないかと思うかもしれないが、それは違う。

自分の中にある力を十分に使うことで、人間は活発になり、独立した存在になる。

用意された使うべき力を使わなかった場合、その力はどこに向かうのか?

使われなかった力は、人間の内部に沈殿し、有害な作用を及ぼす。

もう一点、動物は、人間とは違った不完全な形で消化している。

人間が肉食をすると、動物のアストラル体を通して生じたことが人間の体で継続されるので、人間はまずそれを克服する必要がある。

人間は肉食をすることで、自分の神経組織に影響を与えるものを摂取することになる。

肉食は、独特な方法で、人間の神経組織とアストラル体に働きかける。

植物を食べるということ

アストラル体は、太陽の光が構築したものを常に破壊することで、人間に神経組織を組み込み、人間の生を意識的にしている。

人間が清浄で新鮮な植物を体内に取り込むことは、太陽の光が構築したものを取り込むということで、人間が意識的になることに通ずる。

光は霊的な物の外的な表現であり、絶えず私たちに流れてきている。

光の霊的側面が、内的に私たちの神経組織の構築に働きかけるという意味でも、植物の生と人間の生は共同していることになるが、神経組織が外から影響を受けるということはない。

人間が神経組織を自ら構築するとき、その神経組織は精神的=霊的なものに対して敏感になる。

個人という狭い限界から発する偏見を超えて、事物の壮大な関連を見上げることができる。

肉食と菜食に対する視点

シュタイナーは、精神科学は事実だけを述べるもので、良し悪し、賛成反対という観点から話しているのではないと繰り返し述べている。

食べ物についても、これが正しいというような決めつけや、これが唯一の救いだというような意見は、精神科学とは全く関係がないとしている。

肉食と菜食についても、それぞれの役割があり、ほとんどの人が両方を食べている。

肉食は、すでに独自の感受(アストラル体)を持っているため、その肉は人間が消化しやすく、手軽に地球上で生きるための強いエネルギー(闘争心や現実適応力)を得られるという面がある。

しかし、肉食に頼りすぎると、自ら精神的エネルギーを作り出す力が弱まる。

全体の関連を見通すことができないのは、肉食に原因がある。

一方、人間が狭い興味に夢中にならず、普遍的なものに興味を持つのは菜食のおかげである。

タンパク質を植物から摂取すると、神経組織を新鮮にする力を発展させることができ、肉食過多による害を避けることができる。

肉食と菜食は逆の働きをする。

シュタイナーの説では、肉食の影響下にある肉体は、赤血球は重く、血液は凝固しやすくなるという。

重い血液は、肉食によってアストラル体に組み込まれたものに隷属していることを表す。

その点、菜食は血液の沈降力はずっと少なく、思考を自我によって支配することができる。

植物を消化するには強い内的力(自己のエネルギー)が必要で、人間は、植物界との関係を通じて内的に力強くなる。

菜食を続けることで、人間は自律的な精神力や思考力を鍛えることができる。

牛乳・バター・チーズについて

牛乳は、動物の中で特にエーテル体の生産に関与しているもので、アストラル体はほとんど関与していない。

牛乳もチーズもバターも、肉食とは栄養摂取の過程が異なる。

乳児が必要とするもの全てが含まれており、高齢になってからは特に特別の治癒的力を得られるという。

酒について

植物界から作られる酒については、別の項に譲るが、光の影響によって生じる本来の植物プロセスが終了したときにできるアルコールは、全く特別の意味を持っている。

アストラル体を通して生じるべき自我と血液に直接影響するという意味で、肉食よりも大きな影響を人間に及ぼす。

自我の自由な決意により生じるべきものが、アルコールによって生じる。

シュタイナーは数多くの講演活動を行い、膨大な文献を残している。

言葉を変え繰り返し語られることも多く、他の著作でも同様のテーマが扱われる部分もあるが、シュタイナーの意図するところと捉えていただきたい。

次回は、「タンパク質・脂肪・炭水化物・塩」についての項に進む。

前回の記事は
→ シュタイナーはなぜ難解なのか

『身体が求める栄養学』から

→ シュタイナーが説く食べ物と人間との関わり

→ シュタイナーが説く、人間の構成要素と植物と動物との関係

→ シュタイナーの「蜂蜜とミルク」に象徴される食べることの意味