
”耕さず、肥料・農薬を使わず、草や虫を敵としない”
自然と対話するように、
繊細に関わる農もある。
川口由一氏の農は、
その象徴ともいえる存在である。
「自然に委ねる」という根底の思想は、
福岡氏の自然農法と同じ流れであるが、
その発露する佇まいは対照的でさえある。
福岡氏の場が、
生命の力が渾然一体となった
力強さを持つのに対し、
川口氏の場には、
静かに整えられた美しさがある。
自然農法に切り替えたきっかけ
農家を継いで20年以上が経った頃、
川口氏は原因不明の体調不良に悩まされていた。
その頃読んだ有吉佐和子の「複合汚染」は、
農薬や化学肥料がもたらす影響を指摘したもので、
川口氏は大きな衝撃を受ける。
そこから、一切の農薬類や化学肥料をやめ、
苦難の道が始まる。
同時期に出会った、福岡正信氏の著書から
手がかりを得、
試行錯誤の日々が続くが、
3年間収穫できなかった。
十分な収穫を得るまでに10年かかっている。
その間収入はゼロ。
川口氏には、
とうとうお会いする機会を得なかったが、
その言葉や映像からは、
達観した静けさが感じられる。
観察から始まる農

川口氏の農は、徹底した観察から始まる。
土の状態
植物の様子
季節の変化
それらを感じ取りながら、
必要最小限の関わりを持つ。
手作業で、自然の摂理に沿って行う。
草を敵とせず、
土を覆い、
必要なときだけ手を入れる。
自然の力に任せることで、
手間を減らしつつ
安全で生命力の強い作物を
収穫し続けることができる。
関係としての農、人間の役割
農とは、自然に働きかけることではなく、
自然と関係を結ぶことである。
作物を育てるのではなく、
自然と作物の間に立つ存在として、
関係を調整する役割を持つ。
関わりすぎず、離れすぎず、
そのあいだに立つこと。
それが、人間の役割なのかもしれない。
そこには、支配も制御もない。
全ての生き物が、関わり合いながら
均衡を保ち、循環し、
持続性を保っているこの世界。
人間の役割は、
本来それほど多くはないのかもしれない。
思想の核心

川口氏の農は、
自然との関係性を取り戻す実践である。
それは、
生産のための農ではなく、
生きるための農である。
”全てが過不足なく満たされているのが
命がめぐる世界。
自然の摂理に沿った栽培法なら、
田畑は恵みをもたらし続けてくれる。
足るを知り、
豊かに平和に暮らし続ける喜び、
自然が僕に本当の幸せを教えてくれた”
それは、自然の中に「参加する」
ような在り方でもある。
実践する農へ
自然を制御する農から、
自然と共に生きる農へ。
そこには、
全く異なる世界の見方がある。
農とは、作物を育てることではなく、
人間が自然との関係を思い出す営みなのかもしれない。
我が家の畑も始めて3年程。
なかなか思うような収穫には至らない。
気がつけば、
川口氏の自然農に沿ったやり方をしている。
強く意図したわけではないが、
気がつけばそのような形になっていた。
福岡氏の自然農を実践するには
面積が小さすぎる気がするし、
土の量が足りないこともあって、
まず畝を立てた。
草も生えないような土だったので、
緑肥を撒き、補いに、米糠ぼかしを作った。
とても自然な流れで気負いなくやれる農法だと言える。
今年は、草の種類も増えてきている。

