貝原益軒は、人生50年にも満たなかった江戸時代にあって、
80歳にして歯は1本も欠けず、夜でも小さい文字の読み書きができたという。
70歳まで黒田藩の儒者として勤め、その著作のほとんどが70歳以降に書かれている。
今から300年ほど前、
83歳にして「養生訓」を世に出した貝原益軒の人生訓が興味深い。
数十年前に買い求めて読んでいたが、
当時は拾い読み程度だったと思う。
今改めて読み直すと、いちいち納得することばかりで、
長く生きてきたことを実感する。
飽食の時代であり、人生100年と言われる今、
最後まで元気に自立して生ききるためにも一読したい書である。
養生とは日々の生活に留意し、節制に努めて健康を維持すること。
体の弱かった益軒は医学や薬学に興味を持ち、
治療の手立てを模索するうちに、
日々の生活、食べ物や運動、心の持ちようの重要性に気づき、
病気の治療よりも病気にならないための養生に思いいたる。
観察し、実験し、思考して模索追求した、経験知をふまえた書である。
また、庶民への啓蒙を強く意識してまとめ上げた書でもあるので
繰り返し表現を変えながら噛んで含めるように説いている。
養生訓の基本は、心をコントロールして整えることと、
食欲、色欲を慎み、栄養と運動と休息を過不足なく取ることである。
人間の尊厳性
「天地の賜物であり、父母の恵みを受けて生まれ育った自分の身体は
何ものにも変えがたい貴重なもの。
大事にして天寿を全うするよう心がけねばならない」
養生訓の根底にある思想である。
「庭に草木を植えて愛する人は、朝夕心にかけ、
水をやり、肥料を与え、虫をとってよく養い育てる。
その成長を見て悦び、衰えるのを見て悲しむ」
自分の体を草木ほどにも愛さないでよかろうか。
養生の根本は畏れと我慢
・畏れることが身を守る心の法。畏れることから慎みが生まれる。
・身体壮健にして病むことなく天寿を全うするには、 養生の方法を知って日々実行していくことに尽きる。若いうちにその術を心得、元気な時から慎むことである。
・養生の道は、自分の体を損なうものを除去して心気を養うこと。
・欲の赴くままにするか、それを抑えるかは長命と短命の分かれ道。
・何事も習慣。習慣にすれば苦痛はない。
・すべての悪は、欲望を思いのままにすることから起こる。
・内なる欲望、食欲・色欲・眠りの欲、おしゃべり欲を慎み、喜び・怒り・憂い・思い・悲しみ・恐れ・驚きの七情を思いのままにしない。コントロールする。
・人に対して喜びや楽しみを強く表すことは気の無駄遣い。といって、孤独になって憂いや悲しみが多くなると 気が流れず塞がってしまう。
・外からの邪気、風・寒さ・暑さ・湿気の四気を恐れて防ぐ。内欲を慎めば外邪に犯されることもない。
・飲食を少なくし、病気を助長するものを食べず、色欲を慎み、エネルギーを蓄え 怒り・哀しみ・憂い・思いなどの感情に激しないことである。
・心を平静にして気を和らげ、言葉少なく、無用のことは言わず、外邪を防ぎ、 正しく睡眠をとり、長時間眠ることや座ることを避けて、散歩や程よい運動で気分転換すること。
・食べたものがまだ消化してないうちに眠る習慣をつけると体に滞りが生じて病気となり、繰り返している間に衰弱する。
・命の長短は、養生次第。「人の命はわれにあり、天にあらず」
食べること
・飲食などの外的養分を取りすぎると、内なる気が負けてしまう。
肥料や水をやり過ぎた植物が枯れてしまうようなもの。
・食べ過ぎは脾胃を傷つけて諸病を引き起こす。
内臓は脾胃に養われる。脾胃を調整することが人身の保養となる。
・「禍は口よりいで、病は口より入る」
・食は身体を養うためのもの。
身体を養うのにプラスになるものを選択して食べなければならない。
・飯の多食は特に良くない、脾胃をいため気を塞ぐ。
・夕食が消化する前に寝てはいけない(胃から出るまでに最低4時間が目安。
寝る時間から逆算して夕食の時間を決めておくことが必要。就寝は12時までに)
・夕食は軽く、肉や魚、人参、芋類、白菜などは、滞りやすく気を塞ぐので、
食べないか少量。
・食べるときにはよく感謝をして頂く。
・塩・酢・辛いものは少なめに
・水は清らかで甘いものを飲む
・夏でも暖かいものを食べる
・前の食事が消化しないうちは、次の食事をとってはならない。
気を減らさない
・自らの力量を知る。
力量に過ぎたことをすれば、気が減って病気になる。
・自分の強健を過信してはいけない。若さを過信してはいけない。
・青年であれ老年であれ、元気を惜しまなければならない。
壮健であるといって元気を使いすぎ、
老いて体が衰え始めて保養するのは遅過ぎて効果は少ない。
・人の体は気を持って命の根源としている。
養生をよくする人は、常に元気を惜しんで減らさないようにする。
静かにして元気を保ち、程よく動いて元気を循環させる。
保つことと循環させること、時に応じて動と静とを実行することが気を養う道
気を養う
・言葉を慎むのも、徳を養い体を養う道。
口数が多くなると、必ず気が動揺する。その結果大いに元気を害する。
・気を養うには、心静かに、ゆったりとやわらかく、言葉少なく声高くせず、大笑いせず、いつも心喜ばせる。 むやみに不平を言って怒らず、悲しみを少なく、一度は自分を咎めて二度とくやまず、ただ天命にしたがい心配しない。
・心は絶えずゆったり静かで、平穏であるがいい。言葉は特に静かにして、口数を少なくし、無駄なことを言ってはいけない。これは気を養う最上の方法。
・呼吸は人の生気である。時々外気を多く吸い込み、口から少しづつ吐き出すことをする。一気に荒々しく吐き出してはいけない。
・いつも呼吸はゆっくりと、深く丹田に入るようにする。
・夜更かしは12時を限度としなければならない。
深夜まで起きていると、神経が高揚し静まらないからである。
・環境を清潔に。毎日の掃除は心を清らかにし、身体の運動にもなる。
気を循環させる
・気血の流れは健康のもと。
気が上に停滞すると頭痛やめまい、中に滞ると心臓病や腹痛や腹の張り、
下に滞ると、腰痛や脚気となりさらに痔瘻などの病となる
・自分の仕事に励み、身体をよく動かし、気をめぐらすことが大事。
養生の術は、安閑でのうのうとしていることではない。
心を静かにして身体を動かすことにある。
・同じ状態を取り続けてはいけない。気が減る。
長時間歩き、長い間座ったまま、立ったまま、横になったまま、喋り続けるなど。
・眠りを少なくすることが養生の道。元気がよく循環する。昼寝はいけない。
・毎日少しずつ体を動かす。とくに食後の散歩は必要。庭や室内をゆっくり数百歩歩くだけでも良い。
・心は楽しく身は労働。体を過保護にしてはいけない。
・長い間遊び暮らすと気が塞がって循環しない。
気を調整する 〜 和らげ平にする
・気から百病生ず
「怒れば気のぼる。喜べば気緩む。悲しめば気消ゆ。恐るれば気巡らず、
寒ければ気閉ず。暑ければ気もれる。驚けば気乱れる。
労すれば気へる。思えば気結ぼえる。」
・丹田に気を集める。
ここに生命の根源が集中している。
常に腰を正しく据えて、真気を丹田に集める。
楽しみは天性。養生の根本である
・心の楽しみを知る。
ひとり家にいて静かに日を送り、古書を読み、古人の詩歌を吟じ、香を焚き、山水を眺め、月花を賞し、草木を愛し、四季の変化を楽しみ、酒を少量楽しみ、庭の畑で取れた野菜を煮る。
みな心を楽しませ気を養う助けとなる。
・世間においても、心豊かにして争うことをせず、理にかなった行為をすれば、人の世に触ることなく天地は広く感じられる。 こうした人は長命を保つ。
病気にあったら
・何事も、良くしようとあまりあせると必ず悪くなる。 病気にあったら、あせって闇雲に医者を求めたり、薬を用いたり、様々な療法を求めたりせず、自分の病気に適した治療法を考えないとかえって悪くすることになる。
・心は常に主体性を持っていなければならない。
・まずは病気を知り、治療をよく選んで実行しなくてはならない。
・良医を選ぶ
医術の大意を知っていれば医者の良否はわかる
根底に学問があって、医学に精通し、医術に心を配り、多くの病気を見て、その変化を心得ているのは良医である。
たまたま自機にあって流行る医者を良医と思ってはいけない。
・自然治癒。薬を使用することは、慎重でなければならない。薬を飲まないでも自然に治る病気は多い。
・薬補より食補
・病気でもないのに補薬を多用するにはかえって病になりやすい。
養老
・晩年の節度を保つ。
年を取り、血気が衰えたなら、自ら怒りと欲を慎んで節度を保ち、物事に寛大で、子供の親不孝を責めないで、いつも楽しんで残った年月を過ごすが良い。
・世俗から去る。雑事をさけ、人との交際も少なくし、好んで事に多く関わってはいけない。
・温暖な日は庭や畑に出てときどきの草木を愛で、 山川を眺め気をめぐらせる。
ただ心にある、本来的な楽しみを楽しむ。
・老いると脾胃の力が弱まるので、食は、消化の良いものを少なめが良い。間食はさける。
まとめ
大まかな、心に留めておきたい内容を書き出してみた。納得することばかりで感動すら覚える。
このような心持ちで心穏やかに暮らすことができれば、世の中で起きている数々の心痛むでき事も避けられるだろうにと思わずにいられない。
細かい内容がまだ多くあるので、興味のある方は一読を。
「養生訓」伊藤友信訳 講談社学術文庫より引用しています。
養生訓 (講談社学術文庫) [ 貝原 益軒 ]
養生訓は複数の出版社から出ています。下記はkindle版
養生訓 (中公文庫)